愛すべき個性としてのADHDードラマが教えてくれること
「朝ドラ「あんぱん」主人公ノブの魅力」について「だより」690号に感想を書きました。ノブの性格は短気で爆発しやすく、情動抑制が効きにくいのですが、それが彼女の魅力であり、個性であると述べました。この特徴はADHD「注意欠如・多動症(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)」の特徴であります。その為家庭、学校、社会で種々の軋轢が生じ、時にそれが障害と見なされることがあります。ADHDは人格そのものであり、矯正すべきものでも、矯正できるものでもありません。社会に溶け込むためには本人のスキルの向上および周囲の理解、環境整備が必要となります。その方法は多岐にわたり、個々の事例によっても異なります。それを示す有効な手段、適応のプロセスの可視化ができる手段、それがテレビドラマです。
近年ネット配信が進化し、過去のドラマが家庭で手軽に視聴できるようになりました。ドラマを通してADHDのみならず他の神経発達症の特性がドラマを通じて学ぶことができます。良質なドラマは神経発達症の特質を過不足なく映し出し、本人そしてその周囲の対応を通じて理解を深めてくれます。さらに登場人物の喜怒哀楽に共振し、劇中に没入して同じ感情を味わい、笑ったり涙を流したりする体験は、非常に貴重な時間です。
以下に、ADHDの特性を持つ女性を主人公に据え、周囲が振り回される様子で物語を展開させる主なドラマを挙げます(時系列順)。
東京ラブストーリー(1991年、脚本:坂元裕二)
愛していると言ってくれ(1995年、脚本:北川悦吏子)
ロングバケーション(1996年、脚本:北川悦吏子)
ラブジェネレーション(1997年、脚本:浅野妙子、尾崎将也)
オレンジデイズ(2004年、脚本:北川悦吏子)
半分、青い。(2018年、脚本:北川悦吏子)
大豆田とわ子と三人の元夫(2021年、脚本:坂元裕二)
夕暮れに、手をつなぐ(2023年、脚本:北川悦吏子)
リエゾン―こどものこころ診療所(2023年、脚本:吉田紀子、ニシオカ・ト・ニール)
あんぱん(2025年、脚本:中園ミホ)
ADHDの特性を持つ女性を主人公に設定し、周囲が振り回される様子でストーリーを展開させるドラマは以前から見られます。ADHDの特性である活動的で積極的、情動抑制が効かず、衝動的に恋をする女性は恋愛ドラマとの相性が良く、古今東西多くの作品が作られています。出会って即時に恋に落ち、結婚を決意する「ロメオとジュリエット」のジュリエット、ジュリアン・ソレルに突然激しく恋をし、手紙を書きまくり、危険を顧みず関係を進展させる「赤と黒」の「マチルド」もその系譜と考えられます。数多くの作品の中でその代表が、1939年に制作されたアメリカ映画「風共に去りぬ」です。主演のスカーレット・オハラの頑固で奔放で、感情の抑制がきかず、衝動的に行動します。最初の結婚も衝動的でした。この性格の特性はADHDと重なる部分が多く、その感情の奔放さにより周囲を振り回し、傷つけることもあります。深く愛し続けたレット・バトラーも最後は彼女から去って行きます。スカーレットは失った時に初めてその大切さに気づき、それでも挫けず"Tomorrow is another day" と前を向きます。この力強い生命力に多くの人が勇気を貰いました。
やなせたかしは生前、妻の暢をスカーレット・オハラの様な女性と語っています。朝ドラ「あんぱん」でもそのモチーフが有効に使われています。高知の大地震で安否不明の嵩のことを思い、初めてのぶが嵩の大切さに気づき、二人がようやく結ばれるシーンは記憶に長く残るでしょう。
一人の相手を一途に愛するのではなく、複数の相手に心が揺れるのは多くの男女に共通することではあります。しかしADHDの場合、感情のままに行動を起こす気質が顕著に表れやすいのが特徴で、複数の相手に心が揺れる傾向が見られます。東京ラブストーリーやロングバケーションでは、その心の揺らぎが物語を激しく駆動します。
こうしたADHDが主役になる素地には時代背景もあります。1985年の男女雇用機会均等法制定以降、女性の自立と権利確立が社会的な課題となり、奔放に積極的に行動する赤名リカや葉山南のようなキャラクターが共感を呼びました。「東京ラブストーリー」の原作ではリカが既婚の上司との子を出産するハードな結末でしたが、テレビドラマではその部分は削除され、原作より大分脱色された形になりますが、それでも情動抑制の難しさからカンチと結ばれることはありませんでした。2000年以降ADHD的特性を前面に出すドラマが一時途切れます。その頃より集団と協調することが求められるようになり、またSNSでわがまま、頑固、情動抑制欠如が批判の対象になり始めた時期と重なります。「あんぱん」主人公のぶも評価、好感度の高い書き込みが多い反面、その奔放さを嫌悪する書き込みが検索の上位に上ることがありました。しかしADHDは決して無くなることも、減ることもありません。依然として重要なテーマであり続けます。
ロングバケーションはその人間関係、それぞれの性格はほぼ東京ラブストーリーをなぞって設定されています。二人が結ばれてハッピーエンドにするため、南はリカよりかなりマイルドに調整され、その分ADHDの特性がより希釈されましたが、それでも圧倒的な支持、視聴率を獲得しています。
「リエゾン」は神経発達症を網羅し、医学的に正確なドラマになっています。しかし教科書、専門書を読んでいるような感は拭えません。物語に没入し自分もヒロインと同じ感情を共有するというドラマを見る醍醐味に、やや欠ける欠点があります。
「大豆田とわ子と三人の元夫」も神経発達症の大人を登場させています。そのキャラクター設定がかなり誇張され、デフォルメされています。コメディとしては評価の高いドラマになっていますが違和感は残ります。ものまね芸に例えるなら姿、形から声、歌唱力まで完全にコピーしたものが一方の極とすれば、徹底的に誇張、デフォルメしたコロッケの芸が他方の極になります。その中間に様々な芸風がありますが、「大豆田とわ子と三人の元夫」は後者の極に近い位置づけになります。さほど悪意は感じないのですが、一部の人は差別感、侮辱感を感じる可能性はあるでしょう。
神経発達症を正確になぞった人物造形を行い、彼らの正の部分だけでなく負の部分も精緻に描き、そこにエンターテインメント要素を加えたドラマが神経発達症の理解には必要です。「東京ラブストーリー」の系譜を見て気付くことは北川悦吏子が多くの脚本を手がけていることです。ADHDに対して深い造詣を持っていると推察されます。
彼女の書く人物はADHDの特性を持ちながらも実に魅力的です。NHK朝ドラの「半分、青い。」はADHDの特性持った楡野鈴愛を描いた良作ですが、朝ドラの制約があるのか、負の側面の描き方がやや控えめでした。
その中でも特に出色だと感じるのは「夕暮れに、手をつなぐ」です。ADHDの長所、短所が過不足なく描かれています。広瀬すず演じる浅葱空豆と、永瀬廉演じる海野音の恋愛が軸となり、空豆の喜怒哀楽に共振しながら最後まで感情を共有できる傑作です。宮崎の片田舎で育った空豆が幼馴染みで婚約者である男と結婚する目的で東京に向かう場面から物語が始まります。しかしその男には他に恋人がいて、空豆とは結婚できないと宣言します。傷心の空豆は発作的に入水自殺を試みますが、それを音が止めたことから物語が展開します。その後空豆は音と同じ下宿に棲み、近くのそば屋でバイトをすることになります。
バイトではトラブル続きでしたが、偶然に見たドレスに惚れ込み、ファッションに目覚めることになります。短期間にファッションの基礎を身につけ、作品をパリコレに出品し、高い評価を受けいくつかの賞も獲得しますが、パリの水が合わず故郷の宮崎に帰ることになります。粗筋を駆け足で辿ると荒唐無稽に思われますが、細部に緻密なこだわりが詰まっています。
そば屋のバイトではトラブルが多発します。コップはこぼす、注文は間違える等の不注意、唐突に300万円の借金を頼む衝動的行動があります。そば屋の娘からは空豆はそば屋には向いていないと断言されます。そば屋の娘は空豆には親切に接しています。空豆を評して「あの娘といると飽きない」「空豆は強くぶつければ強く帰ってくる夜店で売っているストロングボールのようだ」とも語っています。ストロングボールは「ロングバケーション」でも南と瀨名がドラマの始まり部分で二人が接近する小道具として有効に使われています。音も空豆を「おまえとおると退屈せん」と言っています。一緒にいると楽しいだけではなく、癒やされるだけでもない感覚、強く攻めれば同じくらい強く反発してくる、その為楽しいだけではなく、あきれることも、怒りを覚えることもあると語っています。これこそがADHDの正負両面を表現しています。
浅葱空豆は天才画家の男を父に持ち、パリで活躍している一流ファッションデザイナーを母として生まれたサラブレッドだったのです。父親は空豆が赤ん坊だった頃モデルの若い女性と駆け落ちし、その1年後に病死しています。母親は空豆が幼いときパリのメゾンで働くチャンスを掴むため空豆を捨ててパリに向かいそこで成功し、永住します。空豆は祖母に育てられ、親の愛情を受けた記憶がありません。
さらにADHDの特性があり、短気で衝動的、九州弁を直そうとしない頑固さがあります。失恋のショックから衝動的に自殺未遂をする、職場での失敗が多いというのはADHDの大きな特徴です。
偶然に見たドレスに感銘しファッションに目覚めます。下宿に帰り、すぐにデザイン画を描きます。それを見た下宿の女主人雪平響子が彼女に絵の才能を認めます。雪平響子は美術大学でその才能を高く評価された画家でした。彼女を高く評価したのは彼女と美大で同期だった久遠徹でした。久遠は美大卒業後デザイナーに転向しファッションブランド「アンダーソニア」を経営していました。
昔のつてで響子はアンダーソニアに空豆を紹介します。そこで空豆の才能が一気に開花します。ADHDの特性である集中力障害とは対局にある過剰集中もADHDの特性です。興味のある分野にはとことん入り込み小学生でも歴史や料理、文学に大人顔負けの知識を持つことが知られています。
空豆の過剰集中も驚異的なものでした。短期間の内にモード学院で学ぶ全ての知識、技術を身につけます。作曲家卵の音がデビューするに当たり、その曲を歌う歌手の衣装を空豆が手がけ、それが高い評価を受けます。空豆の才能を知ったアンダーソニアのチーフパタンナー葉月心は空豆と一緒に仕事がしたいと申し出、二人でアンダーソニアを去ります。
その頃一時帰国していた空豆の母浅葱塔子が空豆のドレスを見てその才能を認め、空豆にパリでコレクションができるようにサポートすることになります。空豆と葉月心の二人はパリに向かいます。ここまでは申し分のない心躍るサクセスストーリーです。
パリでの空豆は当初、高い評価を獲得、賞をいくつか貰います。しかし一流デザイナーになってパリで成功するには季節毎に新作を発表しなければなりません。締め切りを守ること、継続性、それがADHDには最も不得意とする領域です。疲労困憊した空豆は宮崎に帰ることになります。宮崎の片田舎で細々と住民の為の作業着や、晴れ着を作ることにします。それが空豆にとって最高の立ち位置を見つけたことになりました。
その頃、音は作曲家として成功を収め紅白歌合戦に出場することになります。空豆と音は結ばれ、紅白の衣装を手がけ、音を舞台に送り出すところでドラマは終わります。
ドラマの完成度は極めて高いものです。ADHDの特性を正負両面で過不足なく捉え、ドラマとしても納得のいくハッピーエンドでした。広瀬すずを始め多くの出演者の演技力、北川悦吏子の脚本の素晴らしさが相まって、空豆の喜怒哀楽に共振し、空豆の笑い、泣き、喜びを最後まで共有できました。ADHDとどう接するべきかの示唆を含んだ傑作であると思います。放送時の平均視聴率は約6.3%と決して高くありませんでしたが、時間が経つにつれて評価が上がる作品だと思います。
改めてADHDは障害ではなく愛すべき個性であることを実感しています。今年度から5才児健診が始まります。その目的は神経発達症のスクリーニングとされています。現在の日本では就学前の子供の殆どは保育園ないし幼稚園に通っています。そこでの生活を通し、神経発達症は正確に把握されています。重要なことはその情報の扱いです。保育園、幼稚園、小学校の連携および園医、校医の連携が不可欠です。それらの連携ができる場を作ることが肝要と思われます。それらの整備が順調にできていることを、できることを期待いたしております。